インド旅行(ダッカ~カルカッタ編)第一話

インドには、野良牛がいる。子供たちは、道端でオシッコをしており、大道芸の人が、顔を地面に埋めてお金を稼いでいる。やつれた赤ん坊を抱く女性が、外国人に手を差し伸べてお金をせびる。毎日の光景である。私は、大学4年の1987年2月に約1カ月を掛けてカルカッタ、カトマンドゥ、ポカラ、ヴァーラーナスィー、デリー、ジャイプル及びボンベイと一人で旅行した。

当時、一人旅の日本人は珍しかったが、バックパッカーと呼ばれる外国人は多かった。昔で言うヒッピー達である。何故、インドを旅行先に選んだか?そこに”自由”を感じることができると聞いたからである。

とある日本人の旅行者が、パスポートとお金を無くし、バックパックを盗まれ途方に暮れている時に、初めて自由を感じることができると私に話したのである。

「一体自由とは何なんだろう?」そこでインドに行ってみたいと思った。

インディアナ航空で最初の出発点はカルカッタと決めていたが、後で考えるとカルカッタから入るのはやめたほうが良いと思った。なぜなら、当時カルカッタは、水害によるバングラディシュからの難民が多く、治安がインドの中で特に悪かったからである。その点、ボンベイは、都会でそんなに治安が悪いとは感じなかった。

飛行機が、成田からカルカッタへすんなり飛ぶとはいかなかった。中継地であるバングラディシュのダッカに着いたとき、乗客は、全員降ろされ何時間も待たされた挙句、結局一泊する羽目になった。私としては、旅行にハプニングはつきものと考えていたが、その他の乗客は不平不満をかましていた。

乗客の中に、日本人は、私ともう一人の若い女性の二人きりであった。そのせいか、その女性と同じ部屋に無理矢理泊まらされた。彼女の名前はヨーコと言ったと思うが、なんでもインドにいる彼氏に会いに行くと言っていた。東京の英会話教室で外国人の彼氏と知り合ったらしい。

ホテルの前では、二人の門番が、自動小銃を構えて立っていた。ホテルは、たぶんここダッカでは、一流のホテルなのだろうと感じる。窓から見る風景は、ホテルの中とは別世界であり、黒い人びとが、薪を囲み火にあたっていた。昼間と違い夜になると半そでに上着が必要になるくらい寒かった。ヨーコは、上着を持っていなかったため、私は、黄色のセーターを貸してあげた。貸してあげたのは、イスラム教では女性は、あまり肌を見せない為でもある。

翌朝、ダッカ空港に向かうバスの中で出発を待っていると、片手がない少年や6~7歳の少女がやってきてお金をたかる。それまで、彼氏に会えるとはしゃいでいたヨーコと私は、日本とは違うことをまざまざと見せつけられ押し黙ってしまった。

空港前は、人込みであふれていた。私たちは、搭乗者の外国人に、はぐれない様に付いて行った。「おかもとさんはいませんか?」誰かが私の名前を呼んでいる。ヨーコが、それに気づいて私の袖を引っ張って促したが、私はそれを無視した。なぜなら、乗客の中に日本人がいることを知って、何らかの手を使って金をぼったくるつもりで呼んでいるかもしれないと思ったからである。第一こんな人ごみの中歩くこともままならない。

いったいこの人々は、何のために集まっているのだろう?人込みをかき分け進んで行き、やっとのことで出発カウンターにたどり着いた。みすぼらしいカウンターの前では、列を作って並んでいるわけでもなく、人々は口々に大声で怒鳴りあっていた。何とか私の番が来て係員にチケットとパスポートを差し出す。ところがその係員はお金を要求してきた。外国人であることを知って、いつも通りぼったくるつもりなんだろう。第一こっちはトランジットのためなのに、なんでお金を払う必要があるんだろうか?私は「NO!」とだけ答えてパスポートを受け取った。

荷物を預けようと周りを見渡すと、前の一人の外国人が、後ろの離れたテーブルにバックパックを置いた。私は、彼と同じ様にしようと思ったが押しとどめた。なぜなら、そのバックパック以外に荷物が無かったためである。私は係員に直接自分のバックパックを預けることにした。

検問を潜り抜け、ヨーコと出発ゲート前のロビーで腰を下ろした。ここは、検問外と違って静かである。周りを見ると話す人はほとんどいない。ふと、前を見ると出発カウンターで、荷物を預けるとき、前にいた白人の外国人が居ることに気付いた。あのバックパックはどうなったんだろう?気になって私は見に行くことにした。検問の外から眺めると、バックパックがテーブルの上にぽつりと置かれているのが見えた。やはり自分の行動は正しかったのである。だれ一人として、その荷物を気にかけていない。私は、その白人にそのことを教えてあげることにした。

彼の名前は後に知ることになるが、デイビットと言う。デイビットは荷物が置き去りにされていると私が言うと、走って検問前に行き、係員の制止を無視して検問を潜り抜け、バックパックを持ち上げカウンターに預けた。

その時からデイビットと私は行動を共にすることとなった。私は、英語は得意なほうではないが、彼も一人旅ということもあってお互い気が合った。片言の英語でコミュニケーションを取りながら、出身地やインドについて話した。彼は、アイルランド人で、インドは2回目の旅行であり、最初のインド旅行では南部を旅行したと話した。

カルカッタには昼の12時に到着した。ダムダム空港では、ヨーコの彼氏が待っていた。ヨーコの彼氏は、イギリス人であり1カ月ほどインドに滞在しているらしい。デイビットと同じくらいインドには詳しく見えた。ヨーコは、昨夜、カルカッタにいる彼氏に会えなかったらどうしようと不安がっていたが、実際に会えて泣きだしてしまった。そんな彼女が可愛らしく見えた。

デイビットとヨーコの彼氏の話を聞いていると、ここカルカッタでは、サダルストリートに安宿があるらしい。とりあえずヨーコの彼氏を含めて4人でローカルバスを使ってサダルストリートに向かうことにする。バスの中は男女の座る場所が分けられており、思ったより人々の表情は明るかった。ヨーコは、隣の女性と小声で何やら話している。昨日のダッカよりここカルカッタは確かに日本よりひどい所だが、考えていたより良い所かもしれない。

サダルストリートに到着し、最初にヨーコの彼氏が泊っているホテルに向かうことにする。ホテルの料金は10ルピー(当時日本円で300円)だったが、「部屋」とはとても言えるところではなく軒下だったので、デイビットと別のホテルに向かうことにする。ヨーコとその彼氏とはそこで別れた。しかし、向かったホテルは満室だった為、結局、元のホテルに戻り今夜は仕方なく踊り場みたいな軒下で寝ることにした。

昨夜はあまり眠れなかった。寝袋にくるまって寝たが寒く、一晩中女の喘ぎ声が聞こえたためである。どこかの部屋でやっていたらしい。デイビットと二人昨日満室だったホテルに向かう。そのホテルの名は、SALVATION ARMY RED SHIELD GUEST HOUSE、昨日は35ルピーだったが、今朝はドミトリーで13ルピーだった。インド博物館わきを入ってすぐ右側にある。

チェックインを済ませデイビットと二人で市内観光に行くことにする。とりあえず、デイビットが、南部行きの汽車の予約を取りたいと言うので付いていくと、向かった先は、ホテルからチョーリンギー通りを南下したインフォメーションだった。インフォメーションで、地図をもらい汽車の予約できるオフィスの場所を教えてもらった後、ホテル近くのレストランで朝食を取ることにした。コーヒーとサンドイッチで10ルピーだった。その後、予約オフィスには向かわず、八百屋や宝石店まで約2,000軒もの店がびっしり詰まっているニューマーケットに向かった。

どの国に行っても思うのだが、日本人はカモられている。日本人と見ると日本語で話しかけられる。例えば「安いよ、安いよ」「タクシー」とか、ある場合「ハシシ」とかもあったりする。なぜ、日本人だけがこのように話しかけられるのだろう?確かにお金を持っていることは事実であるが、その他の理由として、日本人は優しく、他人の言うことを軽々に信じてしまう傾向があるからではないだろうか?その点、外国人は違う、私は、ツーリストであり、あなた達とは違うとハッキリさせている。相手の言葉に耳を傾ける日本人とNO!サンクスをはっきり言う外国人、このようなことが原因ではないだろうか?

ニューマーケットではジャストシーイングをして楽しむ。ある店で、デイビットが自分の持っているフジカのカメラ売ろうとして二階に通されたとき、私たちは椅子に座り、インド人は床に座って交渉する様子は、どこか映画のワンシーンのようだった。その後、朝食を食べたレストランにもう一度行き、私は、ホットミルクをデイビットは6ルピーのフルーツサラダを頼んだ。ここのフルーツサラダは、単にバナナとリンゴを輪切りにしたものにヨーグルトをかけたもので、お好みでグラニュー糖をかけて食べる。私も後日食べてみたが、なかなかこれが美味かった。レストランの店員と少し談笑をした後、二人で映画を見に行くことにする。この時、午後の6時を回っていた。

映画館の中は思った以上に広かった。新宿の映画館より広い三階建ての劇場は、ほぼ満席である。私達は、一番高い7ルピーのボックス席に座った。映画の題名は「ヘラクレス」、内容は、SFと中世が混ざったものだった。私は、英語が理解できないため何を言っているのか解らなかったが、映像を観てデイビットと共に笑い転げてしまった。

私は、外国に行くとよく映画を観る。単に映画が好きということもあるが、ほぼ一人旅なため夜間はすることがなく時間を持て余すためである。その国によって劇場内の雰囲気は違う。以前、ニューヨークで観た映画館では、映画が終わると劇場で拍手が起こり、歓声と共にエンドロールが始まった。日本の映画館では、あまりこのようなことは見られない。映画を観終わって映画館を出たのが8時半、その後、1時間ほど二人で市街をぶらぶらしてホテルに帰った。

翌朝、7時にカラスの声と共に目が覚める。今日は、デイビットと汽車の予約を取りに行く予定だ。昨日と同じレストランに行き朝食(コーヒーとフルーツサラダ)を食べ、その後、二人でエスプラネイド・イースト隣のSouth Eastern Railway Officeに行った。ここは、マドラス、ブバネーシュワル、プリーなど南東部へ向かう列車の予約を行うところである。私は、ここでは用がないため、デイビットと別れ、次の目的地パトナー行きの列車の予約が取れるEastern Railway Officeに向かった。ここは、カルカッタからダージリン、デリーなど北部方面の列車の予約をするところである。

オフィスに着いたのは、午後2時だった。最初に外国人のためのリザベーションルームに行き、予約の紙に目的駅等を書き提出する。それから、階下に行きチケットを買う、その後、再びリザベーションルームに戻り確認を取る。私は、この工程に1時間かかってしまった。インドではこれが当たり前なのだろう。デイビットには,15分で行ってくると言ったがとてもそんな時間で帰ってくることはできなかった。案の定、South Eastern Railway Officeに戻った時にはデイビットの姿はなかった。係員に聞くと1時間前に出て行ったらしい。その後、一人で市内を散策し、途中、屋台で50パイサ(日本円で当時15円)のチャイを飲む。チャイはミルクと砂糖入りの紅茶である。インド中どこへ行っても、人のたむろする所、行きかう所には必ずチャイ屋がある。

その後、公園に行ってみると、そこでは小中学生が行進している、何らかのパレードに出くわした。どの子の目も生き生きしており、子供はどの国も同じだなあと思う。インドは考えていたよりも進んでいる。確かに貧富の差が激しく、ものもらいやポン引きはいるが、それは都会や観光地に限ってであり、どの国も田舎などの市民が生活の拠点としているところでは、そんな奴はいない。以前、ベトナムのホーチミンに行ったとき、市場でレイバンのサングラス売りの売人に、買うつもりはなかったが、サングラスを見せてもらっていた時、隣の現地人のおばさんに首を振ってやめたほうがいいと合図された事があった。そのとき当然のことだが、親切な人もいれば、悪い人もいると思った。まあ、その偽物売りの男も生活のためだから仕方ないのだが。

午後6時ごろホテルに帰ると丁度デイビットが、ホテルから出てくるところだった。彼が、「晩飯を食いに行こう」と言うので二人でまた出かけることにした。レストランで8ルピーのピース&ペッパーカリーとライスを頼んで食べた。とても美味しかった。インド人はヴェジタリアンが多く、アルコールも飲まない。それは宗教的理由による。カレーは、日本のカレーとは違い、具があまりなくスープに近い。食べ方は、右半身は浄、左半身は不浄とする考えがあるので食べるのは右手だけで食べる。私は、手で食べることには抵抗があったので、旅行中は終始スプーンで食べた。別にインド人と同じようにする必要はない。向こうもそれは分かっていて、外国人にはスプーンを出してくれる。

食事をした後、また、二人で映画を見に行く。今度は、洋画の「フライングハイⅡ」というコメディー映画だった。その後、何か飲もうと町中を歩いていた時、また、インド人に日本語で話しかけられた。余りにもしつこかったので、思わず「うるさい」と言ってしまう。すると、そのインド人は日本語で「チンポ、バカ、まぬけ」と言ってきた。疲れていたせいもあるが、もう一度「うるさい」と言うと、今度は「なんだ、やるのか?」という素振りを見せてきて、喧嘩しそうになったので、デイビットが止めに入ったが、今度はデイビットとそのインド人が言い争いになってしまった。よく見るとそのインド人は、背は低いが片目がつぶれた男だった。その後、ストリートを歩いていて、二人して思わず吹き出してしまった。感情に走ってはいけない、もっと割り切ってデイビットのように振る舞わなければと反省する。

翌朝、8時に目が覚める。シャワーを浴びてトイレに入ったが、便秘気味でクソが出なかった。インドでは良い傾向だ。昨日、市街の屋台で水をカップ1杯飲んでみたが、なんともないようだ。しかし、デイビットも言っていたが、水は飲まないようにした方が良い、水には気を付けなければいけない。

インド人は、トイレで紙は使わない。私は、トイレットペーパーを1ロール持って行っていたが、約1カ月の旅行の後半では、トイレットペーパーが無くなり、仕方なくインド人同様左手で用を済ませた。やり方は、トイレの前に、計量カップ2~3倍くらいの大きさのカップがあるので、それに水を入れて右手に持ち、後ろから水をかけながら左手で洗い流す。そして、残った水で左手を浄める。最初は違和感があったが、段々と慣れてきて、本当はこの方が、清潔なのではないかと思うようになった。

ホテルのカウンターに行き「もう一泊したい」と言う。しばらくして部屋に戻ってみるとデイビットが起きていた。二人で昨日と同じレストランに朝食を食べに行く。今日も6ルピーのフルーツサラダを食べた。日本に帰っても、このフルーツサラダは、自分で作ってみたいと思う。その後、市街をぶらぶらして12時頃、インド博物館に行ってみた。料金は50パイサ(日本円で当時15円)。博物館の中は、人でいっぱいだった。ルーブル美術館や大英博物館ほど見るものはないが、全長6メートルのタイガーや高さ5メートルの象のはく製には驚いた。途中、デイビットを見失ってしまった。出口で15分ほど待っていたがデイビットは来なかった。するとあるインド人の男が「ハシシを買わないか?」と言ってきた。買うつもりはなかったが「いくら?」と言ってみたら「1ドル」だと答えた。私も「じゃあ見せろ」と言うと「ついて来い」と言うので、その男についていった。15分ほど歩いていき、ある店に入っていく。ここでインド式の交渉が始まる。その男は「パキスタンのハシシは一番良い、1パッケージ、5グラム40ドルだ」と言ってきた。40ドルは、当時日本円で1万円、あまりに高い。

いつも思うのだが、インドには定価というものがない。売り手が値段を言い、買い手がその値段に納得すると交渉が成立する。つまり、物に値段がないのである。買い手が40ドルでも欲しいと思えばそこで終わりである。売り手は、だいたい外国人には、通常価格の10倍くらいを提示してくる。買い手もそれを知っていて、初めは10分の1の値段を言う。ここから売り手は、値段を段々下げていき、買い手は、段々上げていく。日本人は、この交渉に慣れていないため、高い買い物をすることになる。

「thank you!」と言い残して店を出た。15分ほど歩いて、売店で2.25ルピーのセブンアップを飲む。そこで、また、別の男から「ハシシはいらないか?」と声をかけられた。試しに「1㎏いくらだ?」と言うと、その男は考え込んだ挙句「ついて来い」と言って、あるレストランに入っていった。その男は「ここで待っていろ」と言うと、レストランを出て行き、10分ほどして戻ってくると、また「ついて来い」と言う。男についていくと大通りから「カムフラージュだ」と言いながら、幾つもの路地に入っていく。男が連れて行った先は、なんと、30分前に来た同じ店だった。どうやらこの店は、そういう類の店らしい。私は、また「OK!」と言って、その男と別れた。

山野に自生している大麻の葉を乾燥させたものが、ガーンジャー(マリファナのこと)。大麻の樹脂をかためたものが、ハシシである。インドでは、チラムという素焼きのパイプが使われる。直にパイプの口から煙を吸うのではなく、パイプを両手に挟んで煙を吸う。お土産にチラムを買おうと思ったが、あまりに値段が高かったのと税関でいらぬ疑いを掛けられるのが嫌で諦めた。

午後3時にホテルに戻ってみたが、デイビットは、帰っていなかった。ベッドで横になり2時間ほど仮眠をとる。その後、ロビーでハガキを書いているとデイビットが帰ってきた。二人でいつものレストランに行き、私はヨーグルト、デイビットはフルーツサラダを食べた。デイビットが「ここは、値段が高いので、晩飯は別のところで食べよう」と言うので、昨夜晩飯を食べたレストランに行き、カレーとライスを食べる。その後、二人でリクシャーに乗り、ここから約1㎞離れた、多くの長距離列車が起点となるハウラー駅まで行く。ハウラー駅に着くとリクシャーの男が「二人乗りは大変だったので10ルピーではだめだ」と言い出した。デイビットは「払う必要はない」と言ったが、私は、確かに二人を乗せて1㎞を漕ぐのは大変だと思ったので、1ルピーをその男にチップで与えた。

ハウラー駅近くの市場に行くと、そこは新宿のラッシュアワーのような人ごみであった。いかにも重そうな荷物を頭の上に載せた男が、おそらくヒンディー語で「どけ、どけ」と叫んでいるのだろう、人込みの中を縫っていく。余りの人の多さにデイビットとはぐれてしまった。市場の出入口に戻ってみるとデイビットが居て「どこに行っていた?」と聞いてきた。

その後、サダルストリートまで歩いて戻り、レストランで50パイサのチャイを飲んでいたら、レストランの中にいた酔っ払った男とデイビットが話し始めた。私は、何の話をしているのかは分からなかったが「デイビットは、どうしてこんな酔ったヤツと話すのだろう?」と思った。しばらくして、この辺りでよく見かけるインド人の男がやってきて「ハシシ?ドル?何か欲しいものはないか?」と言ってくる。こっちが無視しているとその男は、私の席の隣に座り、私の腕時計を見て「その時計はいくらだ?」と言ってきた。さらに無視していると、やっとその男は別の席に座った。すると酔った男が「あいつは、キチガイだから相手にしない方が良い」と小声で私たちに話しかけた。その言葉を聞いたのか二人はケンカしそうになる。

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インド旅行(ダッカ~カルカッタ編)第一話” に対して2件のコメントがあります。

  1. ケン より:

    インドはどんな感じですか?

    1. 岡本 憲 より:

      ヘビーですね。

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